ボーイングB-26 マローダー MARAUDER ①
1930年代後半のアメリカ空軍爆撃機は、当時のヨーロッパ新型爆撃機と比べ、比較にならないほど旧式化していた。
そのため、アメリカ軍航空委員会は、高性能の双発爆撃機をただちに1100機緊急量産するよう命令を下す。
B-26 1号機は1940年11月25日に初飛行。
最大速度、爆弾搭載量は要求仕様をクリアした。
しかし、訓練飛行で離着陸事故が多発。
一時生産が中止となった。
「未亡人製造機(ウィドウメーカー)」などとありがたくないあだ名までついてしまう。
その後、改良が重ねられ、欠点である翼面加重を減らすべく、主翼を1.83m延ばし、垂直尾翼の高さを76㎝延長。
しっかりと訓練された乗員によって運用されると、非常に撃墜されにくい強力な機体となる。
英国空軍にも輸出され、第二次世界大戦後半は世界のほとんどの戦線で活躍し、1948年まで運用された。